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東京地方裁判所 昭和30年(モ)9626号 判決

債権者 横井昇一

債務者 株式会社三洋商会 外一名

主文

当裁判所が、昭和三十年(ヨ)第三四八号意匠品製造等禁止仮処分申請事件について、同年二月十二日した仮処分決定は、取り消す。

訴訟費用は、債権者の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一債権者の主張

(申立)

債権者訴訟代理人は、主文第一項掲記の仮処分決定は、認可するとの判決を求め、その理由として、次のとおり陳述した。

(理由)

(一)  債権者は、別紙図面表示の「ノート」の形状及び模様の結合について、昭和二十六年二月二十七日、意匠の登録を受け(同年登録第九五、四〇六号、指定物品は、第二十一類「ノート」。)以下本件意匠権という。)現在右意匠の意匠権者である。

(二)  しかるに、債権者株式会社青々社(以下青々社という。)は、何らの権限もなく、右意匠と同一または類似の意匠を有するアルバム(以下リングアルバムという。)を製作し、債務者株式会社三洋商会(以下三洋商会)という。)は、何らの権限なく、青々社製作のリングアルバムを販売、拡布している。

(三)  よつて、債権者は債務者等に対し意匠権侵害排除等の訴を提起すべく準備中であるが、債務者等の本件意匠権侵害によつて、債権者が製作するアルバムの売行は著しく悪くなり、販売数量も激減し、このまま放置するにおいては、回復することのできない多大の損害を蒙るに立ち至るので、東京地方裁判所に仮の地位を定める仮処分命令を申請し(昭和三十年(ヨ)第三四八号事件)、同年二月十二日、主文第一項掲記の仮処分決定、すなわち、「債務者株式会社青々社は、別紙目録及び図面表示の意匠と同一または類似の意匠を有する物品を製造してはならない。債務者株式会社三洋商会は、債務者株式会社青々社の製造した右物品を販売、拡布してはならない。債務者等方に存在する債務者株式会社青々社の製造した右物品の既製品及び手製品に対する債務者等の各占有を解いて、債権者の委任した東京地方裁判所執行吏に保管を命ずる。執行吏は、右命令の趣旨を公示するため適当の方法をとらなければならない」旨の決定を得たが、右決定は相当であつて、いまなお維持する必要があるから、その認可を求める。

(四)  抗弁に対する認否であることを示すためなお、債務者等主張の事実のうち、川又元男が本件意匠権を債権者と共有していること、債権者主張のように、本件意匠については、特許庁において登録無効の審決があり、目下、その抗告審判が、同庁に係属中であることは認める。

第二債務者等の主張

(申立)

債務者両名訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、その理由として、次のとおり陳述した。

(理由)

(一)  債権者主張の事実のうち、債務者等が、それぞれ本件意匠と同一または類似の意匠を有するリングアルバムを製作、販売または拡布していることは認めるが、その余の事実は争う。

(二)  本件意匠権は、債権者と川又元男との共有に属するものであり、債務者青々社におけるリングアルバムの製作は、その共有者である川又元男が本件意匠権を実施しているものである。すなわち、同人が、本件意匠権の権利範囲の主要部分を構成するセル巻リング(「セル」とはセルロイド製の意。)の製造機械を債務者青々社の工場に持ち込み、同所においてセル巻リングを製造し、これを川又自身及び同人が雇つている四、五名の職工の手によつて、アルバム用紙に、はめ込んで製作しているものである。

(三)  債務者三洋商会が、債務者青々社の工場で製作されたリングアルバムを販売、拡布するについては、本件意匠権の共有者たる右川又から許諾を得ている。

(四)  したがつて、債務者等は、何ら債権者の権利を侵害しているものではないから、債権者の意匠権侵害排除請求権を前提とする本件仮処分申請は失当である。

(五)  仮に債務者等が本件意匠権を侵害しているとしても、本件意匠権については、その登録前、すでにこれと類似の形状を有する帳簿が、昭和十五年実用新案出願公告第一三、七四六号として、公報に掲載されていたことを理由に、株式会社岡田台紙店を請求人、債権者及び川又元男を被請求人として、登録無効審判が請求され(昭和二十六年審判第三三〇号事件)、昭和二十八年一月二十八日、本件意匠法第十七条第一項第一号の規定により、無効とする旨の審決があつた。右審決に対しては、債権者等から抗告審判の請求があり、同事件は、目下特許庁に係属中であるけれども、右審決は、その内容からいつて、抗告審判あるいは、その後の手続において、覆される虞は全くない。本件仮処分決定後、このような審決があつたことが判明した以上、本件仮処分決定は、事情の変更があつたものとして、取り消さるべきである。

第三疎明関係〈省略〉

理由

(争いのない事実)

(一)  債権者及び川又元男が、別紙図面表示の「ノート」の形状及び模様の結合について、債権者主張の登録意匠権を共有していること並びに債務者三洋商会及び同青々社が、本件登録意匠と同一または類似の意匠を有するリングアルバムを債権者主張のとおり、それぞれ製作、販売もしくは、拡布していることは、いずれも当事者間に争いがない。

(製作について)

(二) 債務者等は、債務者青々社は、そのリングアルバムの製作は、本件意匠権の共有者である川又元男が本件意匠権を実施しているものであり、同債務者が製作しているものではないと主張するが証人川又元男、同永田博の各証言及び債務者三洋商会代表者木村貞一、同青々社代表者白山邦甫の各本人尋問の結果中右債務者等の主張に添う趣旨の部分は本件口頭弁論の全趣旨に徴して、にわかに措信し難く、他に前記主張事実を肯認するに足る適格な疎明はない。

(販売、拡布について)

(三) 債務者等は、債務者三洋商会は、前記川又元男の実施許諾を得て、前示のリングアルバムを販売、拡布しているものであると主張するが、意匠権が共有にかかる場合においては、各共有者は、他の共有者の同意があるのでなければ、その意匠権の実施を他人に許諾することができないことは、意匠法第二十五条において準用する特許法第四十八条第二項によつて明らかであり、許諾について、他の共有者たる債権者の同意があつたとの主張も疎明もない本件においては、右主張は、もとより採用し得る限りではない。

(保全の必要性について)

(四) 本件仮処分の必要性については、債権者本人の供述によつて成立を認める甲第四号証の一から四、同第八号証と債権者本人尋問の結果と綜合することによつて、一応これを肯認することができる。

(事情変更の有無について)

(五) 以上説示したとおり、債権者の本件仮処分申請は、その理由があるものといい得るところ、本件意匠権については、その登録前、すでに、これを類似の形状を有する帳簿が、実用新案公報に掲載されていたことを理由に、株式会社岡田台紙店を請求人とし、債権者及び川又元男を被請求人として登録無効審判が請求され(昭和二十六年審判第三三〇号事件)、昭和二十八年一月二十八日、特許庁において、本件意匠の登録は意匠法第十七条第一項第一号の規定に基き、これを無効とする旨の審決があつたことは、当事者間に争いないところである。しかして右審決に対して、債権者及び川又元男から抗告審判の請求があり、右事件は、目下特許庁に係属中であることは、また、当事者間に争いのないところであるが、右審決はその理由とするところから見て抗告審判、あるいはその後の手続において、覆される虞はほとんどないものと一応いうことができる。

もとより、右審決は、第三者と債権者等との間の事件においてなされたものではあるが、登録無効の審決が確定した場合には、意匠権は初めから生じなかつたものとみなされた、(意匠法第二十五条特許法第五十八条第一項本文)したがつて、その登録があつたのちは、何人も、同一事実、同一証拠に基いて、同一審判を請求することができないものと解するを相当とすること、また、本件債務者両名も、当然に、利害関係人として、審判に参加し得る立場にあつた者であることを考え合せると、前記のような審決があつたことが本件仮処分決定前に生じた事実ではあるが仮処分決定後において、明らかになつたことは、民事訴訟法第七百五十六条によつて準用される同法第七百四十七条第一項にいうところの事情の変更があつたものと解するのが相当である。

(むすび)

(六) よつて、さきに、債権者の申請を容認してした主文第一項掲記の仮処分決定は取り消すこととし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十五条、第八十九条を、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 岡成人 宮田静江)

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